ニューヨーク・タイムズ、ニュース以外のサブスク束に映画コミュニティを加える

ニューヨーク・タイムズ社が映画記録・レビューのコミュニティ「レターボックスド(Letterboxd)」を約3億3000万ドル(約521億円)で買収する独占交渉に入った。2026年予想EBITDAの約22倍。前日発表の7〜9月期売上高は9.7%増の7億6850万ドルで、71%が購読収入。広告依存度の高い韓国の新聞・放送や、約5億円で売却された韓国ワッチャの事例とあわせて分析した。

ニューヨーク・タイムズ、ニュース以外のサブスク束に映画コミュニティを加える

ニューヨーク・タイムズ社(The New York Times Company)は、映画ファン向けSNS「レターボックスド(Letterboxd)」の買収に向けた独占交渉に入った。検討されている買収額は約3億3000万ドル(約521億円)。タイムズ紙が5日に報じた。合意には至っておらず、交渉が決裂する可能性も残る。

買収額はレターボックスドの2026年予想EBITDA(利払い・税・償却前利益)約1500万ドル(約24億円)の約22倍にあたる。2023年にカナダの持ち株会社タイニー(Tiny)が株式60%を取得した際の企業価値は5000万〜6000万ドル(約79億〜95億円)で、3年で5倍超に膨らんだ。

レターボックスドは2011年にニュージーランドで生まれた映画記録・レビューのコミュニティだ。画像=レターボックスド

評価を押し上げたのは会員数だ。ザ・ラップ(TheWrap)によると、会員数は6月末に3070万人と前年同期比43%増え、10月には3500万人に迫った。2011年にニュージーランドの2人のデザイナーが立ち上げたサービスで、収益源は広告と有料プラン(Pro・Patron)だ。

タイムズ社にとって今回の買収は、ニュース以外の商品を増やしてきたバンドル戦略の延長線上にある。同社は2027年末までに購読者1500万人を目標に掲げ、4日発表の7〜9月期決算で購読者は1376万人に達した。

無料の記録に年18.99ドルのPro… 利用者の半数が35歳未満

レターボックスドへの登録は無料だ。会員は観た映画を日付・星評価・レビュー・タグとともに「ダイアリー」に記録し、観たい作品を「ウォッチリスト」に入れ、テーマ別のリストを作って共有する。他の会員をフォローすると、その記録やレビューがフィードに流れてくる。会員評価に基づく公式「長編劇映画トップ250」があり、毎年初めには1年の鑑賞統計をまとめた「イヤー・イン・レビュー(Year in Review)」を公開する。映像は配信しない代わりに、2025年12月に作品単位で借りられるビデオストアを開設した。

収益源は広告、有料プラン、レンタルの三つだ。App Store基準で、Proプランは年18.99ドル(約3000円)で、年間・累計の鑑賞統計、加入中の配信サービス別フィルター、リスト複製機能が付き、外部広告が消える。Patronプランは年48.99ドル(約7740円)で、ポスター・背景のカスタマイズ、追加統計、支援者名簿への掲載、新機能の先行利用が加わる。無料会員には広告が表示され、ビデオストアのレンタル料は1本3.99〜19.99ドル(約630〜3160円)だ。

商品価格(米App Store)主な内容
無料会員無料ダイアリー・評価・レビュー・リスト・ウォッチリスト・フォロー、広告表示
Pro年18.99ドル(約3000円)年間・累計統計、配信サービス別フィルター、リスト複製、外部広告なし
Patron年48.99ドル(約7740円)Proの機能にポスター・背景カスタマイズ、追加統計、支援者名簿、新機能の先行利用
ビデオストア1本3.99〜19.99ドル2025年12月開始、未公開作・インディー映画のレンタル
レターボックスドの商品構成。出所=Apple App Store、レターボックスド

買い手候補が値を付けたのはこの会員層だ。バラエティによると、アクティブユーザーの半数が35歳未満で、そのうち半数以上が16〜24歳だ。ジェマ・グレースウッド(Gemma Gracewood)編集長は「人々が何を好きで、何を本当に好きかを私たちは知っている」と語った。公開前後の観客の反応、古典やインディー映画への若い層の関心、会員が作ったリストが一か所に蓄積される。会社自体は小さく、従業員はニュージーランド・米国・カナダ・英国に計40人余りだ。

価値をめぐる見方は分かれる。パックは7月の分析で、買い手側の楽観論としてフェイスブックによるインスタグラム買収を挙げた。アマチュア写真のコミュニティが巨大な広告事業に育った例だ。同じ記事で、あるマーケティング・コンサルタントは広告がレターボックスドの魅力をすぐに損なうと警告した。タイムズ社が独立運営を約束しつつ広告テクノロジーの統合を進めるのも、この二つの見方の間での選択だ。

1本の映画に「観た」3万件… 記録・リスト・評価が積み上がる画面

レターボックスドの作品ページは会員の記録が集まる場所だ。ジョーダン・ファーストマン(Jordan Firstman)監督の2026年作『クラブ・キッド(Club Kid)』のページでは、7日時点で3万2000人が「観た」と記録し、2万3600件の会員リストに登録され、「いいね」は1万6800件に達した。会員の評価分布は棒グラフで示され、平均は5点満点で4.4点だ。

レターボックスドの作品ページ。観た会員数・リスト数・いいね数、評価分布、出演者、視聴先が一画面に集まる。画面=レターボックスド

ページ左側にはジャストウォッチ(JustWatch)のデータで視聴先を案内する欄と予告編ボタンがある。『クラブ・キッド』はまだ配信されておらず「配信なし」と表示される。配信開始前から観客の反応が数字で積み上がる仕組みだ。会員は観た映画を日記のように記録し、リストを作って共有し、1年かけてホラー映画のサブジャンルを一つずつ埋める「ホラー×52(Horror x 52)」のようなチャレンジにも取り組む。

レビューも同じように積み上がる。東宝(Toho)のゴジラシリーズ最新作『ゴジラ-0.0(Godzilla Minus Zero)』のページは、7日時点で観た会員8万5000人、リスト3万3700件、いいね4万3400件を記録した。「人気レビュー」欄の上位3本はそれぞれ2215〜3119件のいいねを集め、1本には39件のコメントが付いた。星評価と短い感想、反応数が並んで表示され、会員のレビューが他の会員の作品選びを導く。この作品も「配信なし」と表示されている。

レターボックスドの「人気レビュー」欄。会員の星評価と感想が、いいね・コメント数とともに表示される。画面=レターボックスド

レターボックスドは会員の記録の上に編集コンテンツも重ねる。自社媒体のレターボックスド・ジャーナル(Letterboxd Journal)は5日、ビデオストア向けに「未公開の掘り出し物(Unreleased Gems)」11月版を掲載した。配給が始まっていない新たな発見作や、公開時に見落とされた作品を集め、大半の会員がこれまで観られなかった映画だと紹介した。4日にはマーティン・マクドナー(Martin McDonagh)監督の『ワイルド・ホース・ナイン(Wild Horse Nine)』公開に合わせてバディ・コメディ20本を、3日にはホラーとノワールを融合した作品20本を選んだ。会員の記録、編集によるキュレーション、レンタルが一つのサイトでつながる。タイムズ社がワイヤーカッターで推薦記事と商品購入を結んできた仕組みと同じ構造だ。

価格上昇でA24が脱落… 創業者経営と独立運営を維持

売却は投資銀行ライオンツリー(LionTree)が担当した。7月には同行が企業価値2億5000万ドルを提示し、ネットフリックス(Netflix)、ソニー・ピクチャーズ(Sony Pictures)、パラマウント(Paramount)が初期の面談に参加したとバラエティ(Variety)がパック(Puck)の報道を引用して伝えた。9月にはA24とタイムズ社が3億ドル超で争奪戦に加わり、マディソン・ウェルズ(Madison Wells)のジジ・プリツカー(Gigi Pritzker)CEO率いる投資家グループも続いた。

A24は創業者に独立性と既存ビジネスモデルの維持を約束したが、価格の上昇で競り負けた。競合入札者の一社は、他の買い手がサービスの一部を有料化する恐れがあると訴えた。スタジオや配信事業者が買い手になれば、自社作品を優遇するのではという利益相反の懸念が生じうるとバラエティ(Variety)は9月24日に指摘した。映画評価サイトのロッテン・トマト(Rotten Tomatoes)は長年NBCユニバーサル傘下にあって独立性が問われ、今年NBCユニバーサルから分離したバーサント・メディア(Versant Media)に移った。レターボックスドは7月の声明で「将来に関するいかなる決定にも創業者が関わる」と述べていた。

協議中の案では、共同創業者マシュー・ブキャナン(Matthew Buchanan)氏とカール・フォン・ランドウ(Karl von Randow)氏が経営を続け、タイムズ社の幹部に報告する。レターボックスドは当面独立サイトとして運営し、タイムズ社は自社の広告テクノロジーを統合する。タイムズ社はコメントを控え、ブキャナン氏は取材に応じなかった。

7〜9月期売上高9.7%増… デジタル購読の純増42万人に回復

交渉報道の前日の4日、タイムズ社は7〜9月期決算を発表した。売上高は前年同期比9.7%増の7億6850万ドル(約1214億円)。購読収入は10.7%増の5億4750万ドル(約865億円)で、うちデジタル専用購読収入は14.6%増の4億2130万ドル(約666億円)だった。広告収入は7.8%増の1億4260万ドル(約225億円)。デジタル広告は広告主の需要と広告枠の供給増により12.0%増の1億990万ドル(約174億円)となった。ライセンス等その他収入は6.2%増の7840万ドルだった。

収益性も高まった。営業利益は16.4%増の1億2190万ドル(約193億円)、調整後営業利益は1億4960万ドル(約236億円)で調整後営業利益率は19.5%。純利益は19.2%増の9740万ドル(約154億円)だった。メレディス・コピット・レビエン(Meredith Kopit Levien)CEOは「購読者の増加はポートフォリオ全体の高いエンゲージメントと継続率がけん引した」と述べた。

購読者総数は1376万人で、デジタル専用1322万人、紙54万人。7〜9月期のデジタル専用純増は約42万人だった。4〜6月期の純増は28万人と市場予想の約29万5000人を下回り成長鈍化への懸念が出ていたが、1四半期で純増規模を5割増やした。デジタル専用ARPUは1.4%増の9.93ドル。目標の1500万人まで残りは約124万人だ。

買収余力も決算に表れている。1〜9月のフリーキャッシュフローは4億3580万ドル(約689億円)でレターボックスドの買収額を上回り、7〜9月期だけで7910万ドルの自社株買いを実施した。10〜12月期の見通しはデジタル専用購読収入12〜15%増、デジタル広告収入は1桁後半から2桁前半の増加。生成AI関連の訴訟費用として同期に380万ドルを計上した。

ワイヤーカッター、ジ・アスレチック、ワードルに続くバンドル… 広告枠も加わる

タイムズ社は2016年に商品レビューサイトのワイヤーカッター(Wirecutter)を3000万ドル超で、2022年にスポーツメディアのジ・アスレチック(The Athletic)を現金5億5000万ドル(約869億円)で買収した。同年には単語ゲームのワードル(Wordle)も取得した。レターボックスドの買収が成立すれば、ジ・アスレチックに次ぐ規模となる。

ニューヨーク・タイムズ社の主な買収額(百万ドル)
ワイヤーカッター(2016)
30
ジ・アスレチック(2022)
550
レターボックスド(2026・交渉額)
330
ワイヤーカッターは「3000万ドル超」の報道ベース、ワードル(2022)は非公表。出所=ニューヨーク・タイムズ、アクシオス

レターボックスドは有料会員数を公表していないが、両社とも購読と広告の両輪で稼ぐ構造で、タイムズ社はこれを買収の根拠に挙げる。デジタル広告の伸びを広告枠の供給増と説明したタイムズ社にとって、3500万人規模の映画コミュニティは自社の広告テクノロジーで販売できる新たな枠になる。レターボックスドのEBITDAは2027年に2000万ドルを超える見通しだ。昨年には未公開作を含むインディー映画を定額サービスに加入せずに借りられる「ビデオストア」を始めた。一方でパックは7月、会員規模に比べ収益化が遅れていると指摘していた。

レターボックスド会員数(百万人)
2020
1.8
2022.8
6.5
2025.6
21.5*
2026.6
30.7
2026.10
約35
*2026年4〜6月期の前年比43%増から逆算した推計値。出所=ザ・ラップ、デッドライン、バラエティ

同じ2011年創業の韓国ワッチャ… 約5億円で裁判所主導の売却

レターボックスドと同じ2011年に設立された韓国のワッチャ(Watcha、왓챠)は、映画評価サービス「ワッチャペディア(Watcha Pedia、왓챠피디아)」から始まり、7億件超のコンテンツ評価データを蓄積した。2016年に動画配信サービスを始めて作品の権利購入に資金を投じ、売上高は2022年に734億ウォン(約86億円)まで伸びた。しかし2024年末には累積欠損金2670億ウォン、自己資本マイナス875億ウォンの債務超過に陥った。月間アクティブユーザーは2022年の130万人から今年は30万人台に減った。

ワッチャは2025年8月にソウル回生法院(Seoul Bankruptcy Court、서울회생법원)で再生手続きに入った。今年3月の公開売却ではCJ ENMとコンテンツ推薦プラットフォームのキノライツ(Kinolights、키노라이츠)が意向表明書を出したが、4月の本入札には応じず不成立となった。その後随意契約に切り替え、キノライツが42億5000万ウォン(約5億円)で買収する手続きが進んだ。裁判所が算定した清算価値42億2000万ウォンをわずかに上回る水準で、かつての企業価値は3000億ウォンを超えていた。

レターボックスドワッチャ(왓챠)
設立2011年、ニュージーランド2011年、韓国
出発点映画記録・レビューのコミュニティ映画評価サービス(現ワッチャペディア)
権利コストなし(レンタルのみ)2016年に動画配信を開始
利用規模会員約3500万人(2026年10月)MAU30万人台(2026年)
取引額約3億3000万ドル(約521億円)42億5000万ウォン(約5億円)
取引形態タイムズ社と独占交渉再生手続きでキノライツが買収
レターボックスドとワッチャの比較。出所=ニューヨーク・タイムズ、ザ・ラップ、MTN、デジタルデイリー

タイムズ社の売上の71%は購読… 韓国の新聞は広告60%、放送広告は12%減

タイムズ社の7〜9月期売上高のうち購読は71%、広告は19%を占める。韓国の新聞産業は逆だ。韓国言論振興財団(Korea Press Foundation、한국언론진흥재단)は、2024年の新聞産業売上のうち購読収入が約40%、広告収入が約60%を占めると推計した。放送は広告の減少がさらに急だ。放送メディア通信委員会(방송미디어통신위원회)の2025会計年度の放送事業者財産状況によると、放送広告売上は前年比12.3%減の2兆134億ウォン(約2368億円)。2021〜2025年にモバイル広告市場が年平均7.5%伸びる一方、放送広告売上は年平均10.6%減った。

売上構成の比較(%)
購読広告その他
NYT社 2026年7〜9月期
71
19
10
韓国新聞産業 2024年(推計)
40
60
出所=NYT社7〜9月期決算、韓国言論振興財団(PwC資料ベース)。韓国は購読・広告の2項目

タイムズ社が買収してきた企業は報道機関ではない。商品レビュー、スポーツ、単語ゲーム、そして今回の映画コミュニティと、いずれも利用者が毎日訪れて滞在する習慣型サービスだ。コピット・レビエンCEOが購読者増の要因にエンゲージメントと継続率を挙げたのも同じ文脈にある。韓国の新聞産業売上の60%が広告であることは、利用者を自社サービスにとどめる購読商品の比重がまだ小さいことを意味する。

レターボックスドは映画を配信しない。会員が残す記録とレビューがサービスの在庫であり、大型の権利費用がないため会員の増加がそのまま広告・購読収入につながる。ワッチャは7億件超の評価データを持ちながら、権利費用を抱える動画配信事業に縛られ、清算価値並みで売却された。ワッチャペディアの分離売却案も浮上したが、業界では懐疑的な見方が多かった。CJ ENMのワッチャ買収参加も、評価データと推薦エンジンをティービング(TVING、티빙)に移植する狙いがあったと分析された。

韓国の放送局系配信サービスは規模の拡大に縛られている。ティービングとウェーブ(Wavve、웨이브)は2023年に合併の覚書を交わし公正取引委員会の条件付き承認も得たが、主要株主KTスタジオジニの同意を得られず3年にわたり膠着している。タイムズ社は1〜9月のフリーキャッシュフローだけで買収額を賄い、買収先は独立運営に任せたまま広告テクノロジーと購読バンドルで収益を引き出す。

この取引が韓国の業界に投げかける問いは三つある。放送局・配信事業者・報道機関が持つ視聴評価やコメント、ファンコミュニティのデータを、権利ビジネスから切り離した独立商品として運営できるか。その商品が生む広告枠を自社の広告テクノロジーで販売できるか。ニュースやドラマ単体ではなく、ゲーム・料理・スポーツ・コミュニティを一つのアカウントで束ねる購読商品を設計できるか。タイムズ社は2011年のデジタル有料化以降この方向にバンドルを広げてきており、レターボックスドはその次のピースとなる。日本の放送局・新聞社にとっても同じ問いが当てはまる。

本契約は未定… 2027年の1500万人目標が試金石

交渉は独占段階にあるが、本契約に至らない可能性も残る。成立すれば、タイムズ社は3500万人規模の映画ファン会員と新たな広告枠を得て、2027年にEBITDA2000万ドル超が見込まれる事業をバンドルに加える。会員が懸念する有料化の拡大は、独立運営の約束がどこまで守られるかにかかっている。

ワッチャはキノライツ傘下で生き残りの道を探ることになる。デジタルデイリーは、買収後のコンテンツ供給力が存続を左右するという専門家の見方を伝えた。2011年に生まれた二つの映画嗜好サービスは、一方が約521億円、もう一方が約5億円で新たな所有者を迎えようとしている。